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第2章『新しい景色』 〜3〜

目次

芽生えた可能性

中小企業の広告運用。限られた予算で、本当の価値を伝えること。垣内さんとの会話で感じた手応え。江口さんと見つけた新しいアプローチ。

(これって、もしかしたら)

漠然とした思いが、少しずつ形を持ち始める。

「じゃあ、まず垣内さんの提案書から作りましょうか」

江口さんの声で我に返る。

「そうね。でも、その前に」

パソコンで新しいファイルを開く。

「今回見つけたパターン、他の中小企業のクライアントにも当てはまるか、確認してみない?」

江口さんの目が輝く。

「それ、面白いですね。データベース作りましょう」

「他の代理店では見落としているかもしれない、中小企業特有の反応パターン…」

つぶやきながら、データを整理していく。大手企業向けの手法をそのまま当てはめるのではなく、中小企業ならではの戦略が必要なのではないか。

「浅見さん、これ見てください」

江口さんが新しいグラフを作り出している。業種別、規模別、そして予算別。データを様々な角度から分析すると、はっきりとしたパターンが浮かび上がってくる。

「中小企業が、効果を出せていないように見えるのは」

「そう、見方が違うんです」

私たちは同時に声を上げた。大手企業向けの評価基準で見るから、効果が出ていないように見える。でも、別の視点で見ると。

「これ、すごいことに気づいちゃいましたね」

江口さんが、少し興奮した様子で言う。

「でも、この発見、この代理店の中だけで活かすには…」

江口さんの言葉が途切れる。その先にある意味を、私も感じていた。この手法は、もっと多くの中小企業に届けるべきもの。私たちにしか見えていない可能性。

「江口さん」

画面から目を上げる。

「この発見、きっと私たちだから見つけられたの」

江口さんの瞳に、小さな戸惑いが浮かぶ。

「浅見さん…」

「今まで、大手の手法を当てはめようとしすぎていた。でも、中小企業には中小企業の、適切な方法があるはず」

言葉が自然と流れ出る。まるで、長年探していた答えが、今、目の前に現れたかのように。

「垣内さんみたいな、価値のある技術や商品を持っているのに、それを伝えきれない会社って、たくさんあるはずなんです」

江口さんが、ゆっくりと頷く。

「確かに。私も、データを見ているとそう感じていました。このままじゃ、もったいなくて」

「だから…」

画面に映る数字の群れが、新しい可能性を指し示しているように見える。漠然とした思いが、少しずつ、確かな形を持ち始めていた。

「江口さん、私たち、これを広げていけるかもしれない」

「広げていく?」

江口さんが身を乗り出してくる。

「はい。中小企業に特化した広告運用の手法。私たちが見つけたこのパターンを、もっと多くの企業に。だって、世の中には、垣内さんのところみたいな会社が、たくさんあるはずだから」

キーボードを打つ手が、少し震えている。今まで、ただデータを見つめているだけだと思っていた日々。でも、その時間が、こんな発見につながっていた。

「それって…浅見さん」

江口さんの声が、小さく揺れる。

「ええ。まだ漠然としているけど。この方法を、私たちの手で」

言葉にした瞬間、背筋が伸びる感覚。今までにない、何かが動き出す予感。

「面白そう」

江口さんの声が、確かな響きを帯びていた。

「私も、ずっともやもやしてたんです。せっかくのデータなのに、もっと活かし方があるんじゃないかって。でも今、その答えが見えてきた気がします」

「まずは、垣内さんの案件で、私たちの手法を実証していきましょう」

江口さんの言葉に頷く。今はまだ、漠然とした未来図。でも、一歩一歩、形にしていける気がしていた。

「あ、垣内さんとの打ち合わせ、もう時間ですね」

時計を見て、江口さんが立ち上がる。

「今日の発見、企画書に入れていきましょうか」

「うん、でもその前に」

私はパソコンに向かって、新しいフォルダを作る。

「中小企業向け広告運用メソッド」

そんなタイトルを付けた。

「これから、ここにデータを溜めていきましょう。垣内さんの分析も、他のクライアントの分析も。きっと、この中から、もっと大きな可能性が見えてくるはず」

江口さんが、小さく息を呑む。

「浅見さん、変わりましたね」

「え?」

「だって、昨日まで、誰かの期待に応えることばかり考えていたのに。今は、自分から新しいものを作ろうとしている」

その言葉に、私も自分の変化を実感する。確かに、昨日までの私は、与えられた役割を演じることに必死だった。でも今は、自分で道を作っていきたいと思っている。

「これ、秘密にしておきましょうか?」

江口さんが、少し意味ありげに言う。

「うん、今はまだ」

二人で小さく頷き合う。まるで、大きな冒険の計画を立てる子供たちみたいに。

「では、垣内さんとの打ち合わせに行きましょう」

立ち上がりながら、デスクの引き出しから手帳を取り出す。ページをめくると、昨日までの几帳面なスケジュール管理とは違う、たくさんのアイデアメモが散りばめられている。

「浅見さん、その手帳」

「ええ、今朝から、いろんなアイデアを書き留めてるの」

中小企業向けの新しい広告戦略。データを活かした独自の手法。そして、その先にある可能性。ページの端には、小さく「独立」という文字も。

「きっと、これが私の本当にやりたかったこと」

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