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第3章『プロジェクトの季節』〜8〜

目次

確かな手応え

「皆様、まずは事例をご紹介させていただきます」

夕刻の会議室で、村井さんが話を始める。十数名の中小企業の経営者が、熱心に耳を傾けている。壁際には航平さんが控えめに座り、システムの動作を確認している。その隣で、私も資料を広げながら、経営者たちの表情を観察していた。

「このケースでは、従来型の広告手法では見えてこなかった可能性が」と村井さんが説明を続ける。プロジェクターには、垣内さんの会社のデータが映し出されている。もちろん、社名は伏せてある。

経営者たちの目が、次第に輝きを増していく。それは、自分たちにも通じる何かを感じ取っているからだろう。中小企業ならではの強みと課題。データで可視化された事例は、確かな説得力を持っていた。

「実はこの分析、先ほどご紹介した浅見さんたちのシステムによるものです」

村井さんの言葉に、会場の視線が私に集まる。緊張しながらも、私は小さく頷いた。

「では、具体的な仕組みについて、浅見さんからご説明させていただきます」

立ち上がりながら、一瞬航平さんと目が合う。彼が微かに頷くのが見えて、少し力が湧いてきた。

「私たちの広告戦略は、中小企業ならではの強みを活かすことに特化しています」

説明を続けながら、私は経営者たちの反応を見ていく。大手企業の手法をそのまま真似るのではなく、各社の独自の価値を見出し、最適なタイミングで効果的に届ける。そして何より、その効果を正確に測定し、次の施策に活かしていく。

「例えば、こちらのデータをご覧ください」

航平さんが操作する画面には、ある製造業の広告効果の推移が表示される。時間帯別の反応率、業種特性に応じた効果測定、そして改善のポイント。データに基づいた具体的な数字が、私たちの手法の有効性を示していた。

「あの、質問してもよろしいでしょうか」

年配の経営者が手を挙げる。

「このような緻密な分析と改善、実際の導入までどのくらいかかるものでしょうか」

「基本的な導入は2週間程度です」と私は答える。「まずは御社の強みを丁寧にヒアリングさせていただき、データに基づいた戦略を立案します。その後、効果測定と改善を重ねながら、御社に最適な形を作り上げていきます」

質疑応答が続く中、経営者たちの表情が次第に変わっていくのが分かった。最初の懐疑的な空気が、確かな期待感へと変わっていく。

「今回は特別に、トライアル価格で」

村井さんが価格の説明を始めると、数名の経営者が即座にメモを取り始めた。

「具体的な導入スケジュールについては、個別にご相談させていただければと思います」と村井さんが締めくくると、予定の時間が終了していた。

しかし経営者たちは帰る気配を見せない。次々と質問の手が上がり、私と村井さん、そして航平さんを囲んで熱心な議論が続く。予想以上の反応に、私たちも嬉しい悲鳴だった。

「お待たせしました」

江口さんが資料を抱えて会議室に入ってくる。彼女は別件の打ち合わせがあり、相談会には参加できなかったのだ。

「これが今日のデータですね。マリさんからの分析も入っています」と江口さんが私たちに小声で伝える。「シリコンバレーの最新トレンドと、今日の経営者の方々の反応が、驚くほど一致していて」

経営者たちと名刺交換を終えた村井さんが、にこやかに近づいてくる。「これは予想以上でしたね。早速、具体的な商談に入りたいという方が3社も」

その言葉に、私たちは思わず顔を見合わせた。たった一回の相談会で、これだけの手応え。しかも、業種も規模も異なる企業から。

「浅見さん」と航平さんが声をかけてくる。「データの分析結果、すごく説得力がありましたね。各社の特徴がはっきりと見える形で」

その言葉に、思わず頬が熱くなる。昨日まで彼と一緒に分析モデルの調整を重ねてきた成果だ。中小企業ならではの強みを、どうすれば数字で見えるようにできるか。試行錯誤を重ねた甲斐があった。

「これからが本番ですね」と村井さんが続ける。「ただ、予想以上のペースかもしれません。体制の強化も考えないと」

確かにその通りだ。今日の相談会だけでも、フォローすべき案件が複数出てきている。しかも、次回の相談会はすでに日程が決まっている。

「あの」と江口さんが切り出す。「マリさんから連絡が来ていて。今夜、オンラインミーティングができないかって」

時計を見ると、もう夕方6時を回っていた。サンフランシスコはちょうど前日の深夜。いつもと違う時間帯だけど、マリさんが時間を作ってくれたということか。

「榊原さんにも来ていただけますか?」と私が尋ねる。「フリーランスとしての経験から、今後の体制についてアドバイスをいただきたくて」

「ええ、もちろん」と航平さんが答える。「姉なら、まだ事務所にいるはずです」

片付けを進めながら、私は今日一日を振り返っていた。朝のカフェでのミーティング、相談会での手応え、そしてこれから始まる新しい展開。全てが予想以上のスピードで動き始めている。

その時、航平さんが資料を整理するのを手伝ってくれた。さりげない仕草なのに、なぜか心臓が高鳴る。集中しなきゃ、と言い聞かせても、この感覚は消えてくれない。

「では、カフェに移動しましょうか」と村井さんが提案する。「夜も長くなりそうですし、少し腹ごしらえを」

夕暮れの街を歩きながら、私は不思議な高揚感を覚えていた。事業の手応えは確かなものになってきている。でも、それ以上に大切な何かが、ここにはある。

目の前を歩く航平さんの後ろ姿を見つめながら、私は自分の中で何かが大きく変わろうとしているのを感じていた。それが何なのか、まだ明確には言えない。でも、きっと素晴らしい何かなのだと、直感的に分かっていた。

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