芽生えた可能性
中小企業の広告運用。限られた予算で、本当の価値を伝えること。垣内さんとの会話で感じた手応え。江口さんと見つけた新しいアプローチ。
(これって、もしかしたら)
漠然とした思いが、少しずつ形を持ち始める。
「じゃあ、まず垣内さんの提案書から作りましょうか」
江口さんの声で我に返る。
「そうね。でも、その前に」
パソコンで新しいファイルを開く。
「今回見つけたパターン、他の中小企業のクライアントにも当てはまるか、確認してみない?」
江口さんの目が輝く。
「それ、面白いですね。データベース作りましょう」
「他の代理店では見落としているかもしれない、中小企業特有の反応パターン…」
つぶやきながら、データを整理していく。大手企業向けの手法をそのまま当てはめるのではなく、中小企業ならではの戦略が必要なのではないか。
「浅見さん、これ見てください」
江口さんが新しいグラフを作り出している。業種別、規模別、そして予算別。データを様々な角度から分析すると、はっきりとしたパターンが浮かび上がってくる。
「中小企業が、効果を出せていないように見えるのは」
「そう、見方が違うんです」
私たちは同時に声を上げた。大手企業向けの評価基準で見るから、効果が出ていないように見える。でも、別の視点で見ると。
「これ、すごいことに気づいちゃいましたね」
江口さんが、少し興奮した様子で言う。
「でも、この発見、この代理店の中だけで活かすには…」
江口さんの言葉が途切れる。その先にある意味を、私も感じていた。この手法は、もっと多くの中小企業に届けるべきもの。私たちにしか見えていない可能性。
「江口さん」
画面から目を上げる。
「この発見、きっと私たちだから見つけられたの」
江口さんの瞳に、小さな戸惑いが浮かぶ。
「浅見さん…」
「今まで、大手の手法を当てはめようとしすぎていた。でも、中小企業には中小企業の、適切な方法があるはず」
言葉が自然と流れ出る。まるで、長年探していた答えが、今、目の前に現れたかのように。
「垣内さんみたいな、価値のある技術や商品を持っているのに、それを伝えきれない会社って、たくさんあるはずなんです」
江口さんが、ゆっくりと頷く。
「確かに。私も、データを見ているとそう感じていました。このままじゃ、もったいなくて」
「だから…」
画面に映る数字の群れが、新しい可能性を指し示しているように見える。漠然とした思いが、少しずつ、確かな形を持ち始めていた。
「江口さん、私たち、これを広げていけるかもしれない」
「広げていく?」
江口さんが身を乗り出してくる。
「はい。中小企業に特化した広告運用の手法。私たちが見つけたこのパターンを、もっと多くの企業に。だって、世の中には、垣内さんのところみたいな会社が、たくさんあるはずだから」
キーボードを打つ手が、少し震えている。今まで、ただデータを見つめているだけだと思っていた日々。でも、その時間が、こんな発見につながっていた。
「それって…浅見さん」
江口さんの声が、小さく揺れる。
「ええ。まだ漠然としているけど。この方法を、私たちの手で」
言葉にした瞬間、背筋が伸びる感覚。今までにない、何かが動き出す予感。
「面白そう」
江口さんの声が、確かな響きを帯びていた。
「私も、ずっともやもやしてたんです。せっかくのデータなのに、もっと活かし方があるんじゃないかって。でも今、その答えが見えてきた気がします」
「まずは、垣内さんの案件で、私たちの手法を実証していきましょう」
江口さんの言葉に頷く。今はまだ、漠然とした未来図。でも、一歩一歩、形にしていける気がしていた。
「あ、垣内さんとの打ち合わせ、もう時間ですね」
時計を見て、江口さんが立ち上がる。
「今日の発見、企画書に入れていきましょうか」
「うん、でもその前に」
私はパソコンに向かって、新しいフォルダを作る。
「中小企業向け広告運用メソッド」
そんなタイトルを付けた。
「これから、ここにデータを溜めていきましょう。垣内さんの分析も、他のクライアントの分析も。きっと、この中から、もっと大きな可能性が見えてくるはず」
江口さんが、小さく息を呑む。
「浅見さん、変わりましたね」
「え?」
「だって、昨日まで、誰かの期待に応えることばかり考えていたのに。今は、自分から新しいものを作ろうとしている」
その言葉に、私も自分の変化を実感する。確かに、昨日までの私は、与えられた役割を演じることに必死だった。でも今は、自分で道を作っていきたいと思っている。
「これ、秘密にしておきましょうか?」
江口さんが、少し意味ありげに言う。
「うん、今はまだ」
二人で小さく頷き合う。まるで、大きな冒険の計画を立てる子供たちみたいに。
「では、垣内さんとの打ち合わせに行きましょう」
立ち上がりながら、デスクの引き出しから手帳を取り出す。ページをめくると、昨日までの几帳面なスケジュール管理とは違う、たくさんのアイデアメモが散りばめられている。
「浅見さん、その手帳」
「ええ、今朝から、いろんなアイデアを書き留めてるの」
中小企業向けの新しい広告戦略。データを活かした独自の手法。そして、その先にある可能性。ページの端には、小さく「独立」という文字も。
「きっと、これが私の本当にやりたかったこと」