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第2章『新しい景色』 〜7〜

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新しい風

オンラインミーティングが終わり、会議室の電源を落とす。窓の外では、午後の陽が眩しく差し込んでいた。

「浅見さん、これって」

江口さんの声が、小さく震えている。私にも分かる。今日の手応えは、単なる一案件の成功以上の何か。私たちにしか見えていない、大きな可能性の予感。

「お疲れ様です」

山田さんが会議室に入ってくる。

「垣内さんから、早速ご連絡いただきました。今までにない反応だったと」

その言葉を聞きながら、私は画面を閉じる。成功の予感は確かにある。でも、それ以上に大きな何かが見えていた。

「では、次のステップの準備を…」

そう言いかけて、私はふと手を止める。「次のステップ」。その言葉の意味が、今までとは違って聞こえる。

「浅見さん、これから少しお時間いただけますか?」

会議室を出ようとした時、山田さんが声をかけてきた。

「実は、他の中小企業のクライアントからも、似たような相談が来ているんです」

その言葉に、私と江口さんは思わず顔を見合わせる。私たちが見つけた可能性は、確かに広がっている。

「後ほど、部長とも相談したいと思いますが」

山田さんの声が続く。

「お二人で、新しいチームを作っていただけないでしょうか」

「新しいチーム…」

その言葉が、重く響く。私の手帳に書かれた「中小企業専門」という文字が、頭をよぎる。

「中小企業に特化した広告運用を」

山田さんが企画書を開きながら話を続ける。

「これまでの代理店の手法では、どうしても中小企業のクライアントさんの満足度が上がらなくて。でも、お二人の提案は違った」

窓の外を見やる。夕暮れが近づいているのか、空が少しずつ色を変えている。

「ご検討いただけますか?」

返事をする前に、江口さんと目が合う。彼女の瞳に、私と同じ思いが浮かんでいるのが分かった。

(これは、私たちにとってのチャンス)

ここで力を示すことができれば。私たちの理論を、もっと形にすることができれば。その先には…。

「お引き受けします」

声に、自然と力が込められていた。

「では、早速企画書を」

山田さんが立ち上がろうとした時、部長が会議室に姿を見せた。

「今の垣内さんとの打ち合わせ、様子を見ていたよ」

私たちは思わず背筋を伸ばす。

「中小企業に特化した広告戦略か」

部長が腕を組んで、窓の外を見る。

「面白い視点だ。実は私も、ずっと課題だと思っていたんだ。大手の手法を小さくしただけでは、中小企業の価値は引き出せない」

その言葉に、私の中で何かが確信に変わる。これは私たちだけが見ていた可能性じゃない。確かにニーズがある、未開拓の領域。

「浅見さん、江口さん」

部長が振り返る。

「このプロジェクト、君たちの裁量で進めてもらおう。必要なリソースは出す」

チャンスは、思った以上に大きく広がっていた。

会議室を出る時、すでに外は夕暮れに包まれていた。

「浅見さん」

江口さんの声が、いつもより少し低い。

「私たち、これからどんどん忙しくなりそうですね」

その言葉には、不安と期待が混じっている。確かに、今までとは違う責任が私たちに降りてきた。でも。

「江口さん」

デスクに戻りながら、私は静かに言った。

「これって、私たちが見つけたものの、実証のチャンスだと思うの」

パソコンの画面には、昨夜から作っていた中小企業向けのデータベースが開かれている。そして、手帳の「独立」という文字。今の仕事は、その準備にもなるはず。

「そうですね」

江口さんの声が、少し明るくなる。

「でも、どこから手をつけて…」

「それが」

私は新しいファイルを開く。

「実は、すでにいくつかプランを」

画面には、中小企業向けの新しいアプローチが項目立てされていた。従来の代理店にはない視点。データに基づいた独自の手法。

「浅見さん、これ全部」

江口さんが驚いた声を上げる。確かに、普段の私なら、こんなに先回りした準備なんてしない。でも、昨日からの高揚感は、自然とアイデアを形にしていった。

「ねえ、これから毎日、仕事が終わった後に」

私は声を潜める。

「30分だけでも、私たちのプロジェクトの時間を作らない?」

「プロジェクト…」

江口さんが、その言葉を反芻する。二人とも分かっていた。それは会社から任されたプロジェクト以上の、私たち自身の挑戦になるということを。

「実は、私も」

江口さんがバッグから手帳を取り出す。そこには、びっしりとアイデアが書き込まれていた。

「市場調査も、少しずつ進めていて」

江口さんのメモには、驚くほど具体的な内容が並んでいる。競合他社の分析、中小企業の業種別の特徴、必要となる人材やスキル。

「江口さん…」

「浅見さんと同じように、私も」

二人で見つめ合って、小さく笑う。昨夜の「独立」という言葉は、もう単なる夢物語ではない。それぞれが、着実に準備を始めていた。

「じゃあ、今日から」

デスクの配置を少し変える。これから毎日、この場所で二人の”秘密のプロジェクト”が動き出す。

「あ、でもその前に」

江口さんが、慌てて付け加える。

「垣内さんの案件、完璧に成功させないと」

「そうね」

私も頷く。目の前のプロジェクトこそが、私たちの可能性を証明する最初の一歩になる。

デスクに広がる資料とパソコンの画面。垣内さんからの期待、部長からの信頼、そして私たち自身の夢。全てが、この場所から始まろうとしていた。

「じゃあ、まずはこの部分から」

江口さんが画面を切り替える。夕暮れが迫るオフィスで、私たちの”特別な時間”が始まる。そして、その先には、きっと今までに見たことのない景色が広がっているはず。

「さて、どこから手をつけようか」

私は新しいファイルを開いた。

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