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第3章『プロジェクトの季節』〜1〜

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手応えの日々

目覚まし時計を見つめながら、大きく息を吸った。午前五時半。一週間前まで考えられなかった時間だ。

「今日も、頑張ろう」

暗い部屋で、小さく自分に言い聞かせる。垣内さんのプロジェクトでの手応えから、私の中で何かが変わり始めていた。会社の仕事としての広告運用だけでなく、自分たちが見つけた新しい手法を、もっと活かせるはず——その思いが、私を早朝の時間へと押し出した。

六時。まだ人の少ない電車に揺られながら、パソコンを開く。会社のメールは開かない。この時間は、私たち自身のプロジェクトのためだ。江口さんと一緒に見つけた中小企業向けの新しいアプローチを、どう形にしていくか。その構想を練る大切な時間。

「浅見さん、早いですね」

六時半、いつも使っているカフェで、意外な声が聞こえた。振り返ると、江口さんが立っていた。

「江口さんこそ」

「実は、浅見さんが最近早く来てるの、気づいてたんです」

席に着きながら、江口さんが続ける。

「私も、浅見さんを見習おうと思って」

そこから自然と、私たちの話は新しい可能性へと広がっていった。中小企業向けの広告運用。それを会社の仕事としてではなく、私たち独自のサービスとして展開できないか。

「でも」

私は迷いを口にした。

「会社の仕事と、これは、はっきり分けないと」

「そうですね。だからこそ、朝活なんじゃないですか?」

と江口さん。

その言葉に、はっとした。確かにこの早朝の時間は、完全に私たちのもの。会社の仕事とは明確に区別できる。

「実は」

江口さんが声を潜める。

「知り合いのITスタートアップが、広告運用を探してるんです。会社の案件としてじゃなくて、私たちで受けてみませんか?」

心臓が大きく跳ねる。初めての案件。しかも会社とは全く別の、私たち自身のクライアント。

私は少し考えて切り出した。

「その案件、もし可能なら、もう一人パートナーに加えられないかな」

「パートナー?」

「うん。元同僚の榊原さんって覚えてる? ちょうど江口さんが入社した頃に辞めた私の先輩。彼女、今フリーランスでやってて、私たちが見つけた手法に、すごく興味を持ってくれてるの」

データ分析の腕も、広告運用の経験も豊富な榊原さん。彼女が加われば、より確実な体制が組めるはず。

「それ、いいと思います!」

江口さんの目が輝いた。

「私たちのアイデアを形にするには、経験者の視点も大事ですよね。それに、将来的なスケールのことを考えても」

八時。会社の始業時間が近づいてきた。私たちは急いでパソコンを閉じる。これから始まる一日は、会社員としての時間。でも、この早朝の二時間があることで、もう一つの可能性に向かって確実に歩を進められる。

その日の夜、私は榊原さんにメールを送った。思い切って、ITスタートアップの案件のことを相談してみる。彼女からの返信は、想像以上に早かった。

『面白そうね。ぜひ一緒にやりましょう。明日の早朝、時間ありますか?』

翌朝、まだ街が目覚める前のカフェで、私たちは最初の戦略を練っていた。パソコンの画面には、垣内さんのプロジェクトで実証済みのデータが並ぶ。

「これ、本当に面白いわね」

榊原さんが食い入るように画面を見つめる。

「大手企業向けの手法を小規模にしただけじゃない。中小企業ならではの強みを、データで裏付けて最適化していく。この視点は新しい」

江口さんと見出した可能性が、経験豊富な榊原さんの言葉で確信に変わっていく。

「早速、具体的な提案を作ってみましょうか」

榊原さんがパソコンを開く音が、静かなカフェに響いた。会社の業務が始まるまでの約一時間。この貴重な時間で、私たち三人の新しい挑戦が、確実な一歩を踏み出そうとしていた。


「このままでは広告費、1週間で底を突きそうです」

ITスタートアップからの最初の案件。久しぶりに会った榊原さんと分析結果を確認する私の声には、緊張が混じっていた。

「でも、そこをどう変えるか、見えてるんでしょう?」

榊原さんが、静かな笑みを浮かべる。朝七時、いつものカフェで。

「はい」

画面を切り替えながら、私は説明を始めた。

「大手企業向けのキーワードを狙うから予算が膨らむんです。でも彼らの強みは、『カスタマイズ可能な』『スタートアップに特化した』という部分。この切り口で攻めれば——」

「広告単価を3分の1に抑えられる」

榊原さんが私の画面を覗き込みながら言葉を継ぐ。

「しかも、より明確なニーズを持った顧客にリーチできる」

私たちは顔を見合わせて頷いた。データが示す可能性は、確かなものだった。

「これ、理論上じゃない。垣内さんの案件で既に実証済みなのが素晴らしいわ」

榊原さんがコーヒーを一口飲む。

「浅見さん、あなた変わったわね。昔は『こうすべきかも』って遠慮がちだった」

その言葉に、少し照れくさくなる。確かに会社では今でも、どちらかというと控えめな方だ。でも、このプロジェクトに関しては違った。データが私に確信を与えてくれている。

「江口さんのおかげかも」

思わずそう口にする。

「彼女が『これは私たちにしかできないことかもしれない』って言ってくれて。その言葉が、大きかったんです」

「へえ」

榊原さんが意味ありげな表情を浮かべる。

「その江口さんは、今朝は?」

「ああ、今日は社内プレゼンの資料作りがあるって。でも夕方に」

話しかけながらメールをチェックすると、江口さんから新しい連絡が入っていた。

『浅見さん、実は私の知り合いの税理士事務所からも、広告運用の相談が来ているんです。よかったら、今夜ご相談させてください』

目を見開く。まだ最初の案件の実績も出ていないのに、もう次の話が。

「どうしたの?」

「あ、いえ…」

言いかけて、私は深く息を吸った。今の私には、迷っている場合じゃない。データがはっきりと示している。この方法は、確実に機能するということを。

「榊原さん、もう一件、案件の相談があったんです」

「おお」彼女の目が輝く。「税理士事務所? それは面白いわね。業種は違えど、中小企業向けサービスという点では共通項がある」

「はい。実は私、考えているんです。私たちの手法って、もしかしたら——」

「業種を超えて展開できる可能性がある」

榊原さんが言葉を継いだ。

「言いたいことは分かるわ。中小企業には中小企業なりの、広告運用の最適解がある。それを私たちは見つけ始めている」

カフェの外では、街が徐々に活気づき始めていた。通勤のサラリーマンたちが行き交う。私も一時間後には、普通の会社員として出社する。

でも、この早朝の時間が、確実に新しい未来を切り開いていた。月商100万円。その目標が、もはや夢物語には思えない。

「よし」

榊原さんがパソコンに向き直る。

「では、具体的な数値目標を立てましょうか。一ヶ月後の初月は…」

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