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第3章『プロジェクトの季節』〜2〜

目次

嬉しい悲鳴、広がる可能性

「数字、すごいことになってますよ」

江口さんが、興奮気味に画面を指さす。導入から2週間。ITスタートアップの広告効果が、予想以上の成果を見せ始めていた。

「コンバージョン率が3倍…これ、本当に?」

私も思わず声が上ずる。提案時の予測を大きく上回る数字。しかもリード獲得コストは、従来の半分以下だ。

「やっぱり、浅見さんの理論は正しかった」

江口さんの声には確信が滲んでいる。中小企業ならではのキーワード選定と、ピンポイントな時間帯投下。大手とは異なる戦い方で、確実に成果を上げていた。

「榊原さんにも報告しないと」

スマートフォンを取り出しかけて、私は一瞬躊躇した。午後三時。彼女は今、別の仕事の真っ最中のはずだ。

「あ、そうだ」

江口さんが声を潜める。

「税理士事務所の件なんですけど、明日、一度話を聞いてもらえませんか? 向こうが朝早くでも構わないって」

その言葉に、少し考え込む。手応えは十分にある。でも、業種が全く違う。今回のやり方が、そのまま通用するとは限らない。

「浅見さん」

江口さんが、真剣な眼差しで続ける。

「この数字、偶然じゃないですよ。私たちの理論は、絶対に正しい」

その瞬間、パソコンの通知音が鳴った。クライアントからの新しいメールだ。

『広告の効果について、報告させていただきたいことがあります。もし可能でしたら、オンラインでも構いませんので、お時間いただけないでしょうか』

「これは…」

「なんですか?」

「クライアントから。効果について話がしたいって」

江口さんと顔を見合わせる。数字は良かったけれど、もしかして何か問題が…。

『実は想定以上の問い合わせを頂いており、嬉しい悲鳴をあげております。今後の展開について、ぜひアドバイスを頂きたく』

「あ」

思わず声が漏れる。江口さんが覗き込んでくる。

「なんと」

メールの文面を読んだ江口さんの顔が、パッと明るくなる。

「浅見さん、これ完全に成功じゃないですか!」

興奮する江口さんを見ながら、私の中で何かが確信に変わっていく。このビジネス、本当に行けるかもしれない。

「すぐに榊原さんにも報告しましょう」

LINEで簡単に状況を伝えると、すぐに返信が来た。

『やったわね! ところで、明日の朝のミーティング、私の弟も同席させてもいいかしら? システム周りの提案があるみたいで』

「弟さん…?」

思わず声に出してしまう。榊原さんには弟がいたことも、その弟がITに詳しいことも、今初めて知った。

「どうしました?」

「ううん、なんでもない」

返信を打ちながら、なぜか少し落ち着かない気持ちになる。これまでの順調な展開が、また新しい局面を迎えようとしているような予感がした。


翌朝六時半。いつものカフェで、私は早めに資料の最終確認をしていた。

「おはようございます」

振り返ると、榊原さんが立っていた。そして、その後ろに—。

「弟の航平です。よろしくお願いします」

すらりとした長身に、さっぱりとした短髪。姉の榊原さんに似て、凛とした雰囲気を持つ青年だった。でも、その眼差しには技術者特有の鋭さがある。

「昨日の数字、見せてもらいました」

席に着きながら、航平さんが切り出す。

「CTRからコンバージョンまでの一連の流れ。これ、自動化できると思います」

「自動化…?」

「はい。今のやり方だと、データの集計や分析に時間がかかりすぎる。もし次々と案件が増えていくなら」

彼の言葉に、私は息を飲んだ。確かにその通りだ。昨日もデータの収集と整理だけで、かなりの時間を取られた。

「今朝は時間も限られてるから、サクッと要点だけお話ししますが…」

航平さんがパソコンを開く。画面には複雑な図が表示される。

「これ、今の浅見さんたちのワークフローを分析して、システム化できる部分を洗い出してみたんです」

「あら航平、昨日の深夜にこれ作ったの?」

榊原さんが声を上げる。

「まあ」

少し照れたように航平さんが答える。

「面白そうだったから」

その言葉に、心が少し熱くなる。私たちのプロジェクトを、こんなにも真剣に考えてくれている。

「あの、このシステム、具体的にはどれくらいの…」

私は少し躊躇いながら口を開く。

「費用のことですか?」

航平さんが静かに笑う。

「それは心配いりません。僕の実験台として、開発させてもらえればと思って」

「えっ、でも」

「その代わり」

彼の目がまっすぐに私を見つめる。

「このプロジェクト、定期的に関わらせてください。中小企業向けの新しいマーケティング手法。僕も、その可能性を見てみたい」

その眼差しに、思わずドキリとする。技術者としての純粋な探究心。それなのに、なぜかそこに秘められた何か熱いものを感じた。

「航平さんのアイデア、いいと思います」

江口さんが颯爽と現れ、会話に加わる。

「私も、これからの展開を見据えると、システム化は避けて通れないと思ってました」

三人の視線が、私に集まる。

「…そうですね」

私も頷く。これは、プロジェクトの新しいステージを告げる、大きな一歩になるかもしれない。

「じゃあ早速、税理士事務所の案件も含めて、具体的な設計を」

航平さんが話し始めると同時に、カフェの外では朝日が昇り始めていた。新しい可能性と、そして何か不思議な胸の高鳴りを感じながら、私はコーヒーを一口飲んだ。

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