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第3章『プロジェクトの季節』〜3〜

目次

最初の成功、そして新たな展開へ

「現状の課題は、こんな感じですかね」

朝八時前。航平さんの指す画面には、私たちのワークフローが整理されていた。

『データ収集の自動化』
『レポート生成の効率化』
『クライアントごとの最適化パターンの蓄積』

「特に、この部分」

航平さんがカーソルを動かす。

「各業界ごとの反応パターンが、今は浅見さんと江口さんの頭の中にしかない。これを形式知化できれば、スケールの可能性が広がります」

その言葉に、思わず身を乗り出す。確かに、私たちが見出した法則は、まだ暗黙知の領域が大きい。

「航平くん、これって具体的にどれくらいの期間で」

江口さんが期待を込めて尋ねる。

「まず二週間で最小限の機能を」

航平さんは間髪入れずに答えた。

「データの自動収集とレポート生成まで。その後、税理士事務所の案件を通じて、業界別のパターン分析機能を追加していく」

その視点の的確さに、思わず見入ってしまう。エンジニアなのに、マーケティングの課題をここまで理解している。そんな意外性と、真摯な眼差しに、なぜか少し落ち着かない気持ちになる。

「あの」

慌てて視線を落とす。自分の動揺を悟られないように。

「税理士事務所の件、まだ正式な依頼は」

「大丈夫です」

航平さんが静かな確信を持って言う。

「浅見さんたちの理論は、絶対に通用します。だからこそ、今のうちにシステムを」

その瞬間、江口さんのスマートフォンが鳴った。

「あ」

江口さんが画面を見て、パッと顔を輝かせる。

「税理士事務所からです。今週末、具体的な相談をしたいって」

「週末ですか?」

「はい、先方も平日は難しいみたいで。土曜の午前中ならと」

それは私たちにとってもありがたい提案だった。会社の仕事に支障をきたさず、かつしっかりと時間が取れる。

「航平さん、土曜日のご予定は…」

「大丈夫です」

彼は即答した。

「あ、そうそう」

榊原さんが思い出したように言う。

「航平ったら、オーストラリア在住のフリーランスの友達とよく仕事してるのよ。確か、マリさんだったかしら?」

「ああ、Webディレクターのマリさんね。実は彼女、日本とシンガポールのクライアントも多くて、アジア市場に詳しいんです」

「へえ」

私は興味を持って聞き入る。

「マリさんって、元々日本の広告代理店にいた方なんです」

航平さんが続ける。

「時差はそれほどないんですけど、夜型の生活スタイルで、向こうの夜〜朝方にかけて日本の仕事をこなしているんです。そういう意味で、時間的に柔軟な対応ができるんじゃないかと思っています」

「なるほど」

江口さんが目を輝かせる。

「私たちが朝活でカバーできない部分を」

「ええ。ただし、まずは週末の税理士事務所の案件に集中しましょう」

航平さんの現実的な提案に、私たちは頷いた。一つ一つ、着実に。それが今の私たちには必要だ。

時計が八時を指す。私たちはそれぞれの会社での一日を始めなければならない。でも、この瞬間は明らかに違った。私たちの事業としての次のステップが、はっきりと見えていた。

「では、夜にもう少し詳しく」

航平さんが立ち上がりながら言う。

「税理士事務所の件、必ず成功させましょう」

その言葉に、確かな期待と、そして不思議な心の高鳴りを感じながら、私は頷いた。


土曜日の朝。いつもと同じカフェに、少し違う緊張感が漂っていた。

「御社のホームページ、拝見させていただきました」

正面に座る税理士事務所の所長、村井さんは、私の予想以上に若かった。三十代後半といったところだろうか。

「実は、最近事務所を継いだばかりでして」

村井さんが前置きする。

「従来型の税務申告だけでなく、もっと中小企業の経営に寄り添えるサービスを作りたいと考えているんです」

その言葉に、私は思わず身を乗り出した。

「それで、御社のITスタートアップでの実績を江口さんから聞いて」

「そうなんです」

江口さんが補足する。

「実は私が週末によく行くカフェのオーナーの知り合いで。村井さんもよくそこで仕事をされていて」

「面白いですね」

航平さんが静かに言葉を挟む。

「税理士事務所といえば、紹介営業が主流だと思いますが、ネットでの新規開拓を?」

「そうなんです」

村井さんの目が輝く。

「既存のクライアントは大切にしつつ、でも、本当に私たちの支援を必要としている企業さんって、もっとたくさんいるはずなんです」

プレゼンテーションの画面に、私たちの分析データが映し出される。ITスタートアップとは全く異なる業種。でも、中小企業向けサービスという共通項がある。

「このパターンを見ると」

航平さんが画面にタッチペンで印をつける。

「税務相談を検索する企業の行動パターンって、実はITサービスを探す企業と、似たところがあるんですよね」

「確かに」

村井さんがメモを取りながら頷く。そして、少し考えるように手を止め、私たちの意図を確認するように続けた。

「理想は、本当に困っている企業さんに、適切なタイミングで私たちの存在を知ってもらうこと。そこを目指していきたいんです」

「それなら、こういったアプローチはいかがでしょうか」

私は確信を持って切り出しながら、素早く画面を切り替える。朝早くから準備していた提案資料だ。従来の税理士事務所が使うような一般的なキーワードではなく、経営者の具体的な悩みに寄り添うワード。時期によって変化する検索トレンド。そして、業種別の反応パターン。

「これは、江口さんから聞いていた通りですね。データで裏付けられた具体的なアプローチまで。これなら、私たちの新しい方向性にぴったりです」

村井さんは満足げに頷きながら、資料の細部まで目を通していく。

「特にこの季節変動の分析は面白い。確定申告の時期だけでなく、経営判断の重要な局面でも、私たちの存在を知ってもらえる可能性がありますからね」

その反応に、チーム全員の表情が引き締まる。事前の期待に応えられただけでなく、より具体的な実現のイメージまで共有できた手応え。この案件には、単なる広告運用以上の可能性がある。中小企業支援の新しいモデルケースになるかもしれない。

「では、具体的なシステム設計の話もさせていただいてよろしいですか?」

こう言いながら、航平さんがパソコンを開く。

村井さんが大きく頷く中、私は小さな達成感を味わっていた。週末の朝。でも、この時間が確実に、私たちの未来を切り開いている。

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