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第3章『プロジェクトの季節』〜7〜

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成長の予感

深夜零時を回る自室で、私はパソコンの画面に向かっていた。サンフランシスコは前日の午前8時。マリさんの表情が、モニターにクリアに映し出される。

「この時間帯が、最も反応率が高いんです」

マリさんが画面を共有しながら説明を続ける。日本の深夜から未明にかけて、中小企業の経営者たちが情報を探している。その時間帯を狙った広告展開が、予想以上の効果を見せ始めていた。

「確かに」と私も頷く。「私もそうでしたから」

昼間は会社の仕事に集中し、夜になってから自分の事業のリサーチを始める。きっと多くの経営者が、同じような時間の使い方をしているのだろう。

キッチンから、深夜のお茶の準備をする音が漏れてくる。母が気を遣ってくれているのだ。申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちが胸に広がる。

「浅見さん、大丈夫ですか?」

マリさんの声に、はっとする。

「ああ、すみません。集中力が…」

「無理することはありませんよ」

マリさんの声には、優しさが混じっている。

「私も最初は、時差を活用した仕事に慣れるまで苦労しました。でも、これも一つの選択。自分のペースを作っていけば」

その言葉に、少し救われる気がした。画面の向こうのマリさんは、すでにこの働き方を確立している。私もきっと、このリズムに慣れていける。

「あ」

デスクの端で、スマートフォンの画面が静かに明滅する。航平さんからのメッセージだ。

『深夜のデータ解析、順調です。明日の早朝ミーティングまでには、新しい発見があるかもしれません』

マリさんの説明に頷きながら、私の意識は一瞬だけメッセージの方へ傾く。彼も、この時間まで作業を続けているのか。

「航平さんですね」

マリさんが、何かを見抜いたような笑みを浮かべる。

「え?」

「データの共有がいつも早朝なので、きっと彼も夜型の生活なんだと思います」

そう言いながら、マリさんは画面を切り替える。

「これが、彼が作ってくれたシステムの最新の分析結果です」

画面には、時間帯別の広告効果が美しいグラフで表示されている。特に深夜から未明にかけての反応率の高さが際立っていた。

「これ、面白いですよね」とマリさんが続ける。「大手企業は見落としがちな時間帯なのに、中小企業にとってはゴールデンタイムかもしれない」

確かにその通りだ。昼間は自社の業務に追われる経営者たち。情報収集や新しい施策の検討は、どうしても夜になってから。

「ただ」とマリさんの声が少し真剣味を帯びる。「このまま事業が大きくなっていったとき、皆さんの生活は——」

その言葉に、私は思わず目を伏せる。確かに今のペースは順調だ。でも、このまま続けていけるのだろうか。会社の仕事、深夜の作業、そして早朝ミーティング。

お茶を運んできてくれた母に小さく頭を下げながら、胸が締め付けられる。両親には まだ副業のことを話せていない。いつか必ず、ちゃんと説明しなければ。

「浅見さん」

マリさんの声が、優しく響く。

「こればかりは、正解がないんです。私の場合は、時差を活用することで新しい働き方を見つけました。皆さんも、きっと自分たちなりの答えを」

その瞬間、また航平さんからメッセージが届く。

『新しいパターンを発見しました。業種による深夜帯の反応の違い。明日、詳しくご説明させてください』

思わず、画面に映る自分の表情が緩むのが分かった。

「はい」思わず声に出てしまう。

「やっぱり」とマリさんが微笑む。「航平さんのデータ分析って、不思議と希望を持てるんですよね。数字の向こうに、可能性が見えてくる」

その言葉に、私は強く頷いていた。確かに大変なことばかり。でも、一緒に頑張れる仲間がいる。マリさんという先輩がいる。そして…。

深夜の静けさの中で、スマートフォンの画面が再び明るくなる。

『お休みください。明日も早いので』

航平さんからのメッセージ。たった数文字なのに、なぜかじんわりと温かいものが広がる。

「そろそろ休みましょうか」とマリさんも同意する。「明日の早朝ミーティングで、新しい発見を聞けるのが楽しみです」

オンラインミーティングを終えた後、私は窓の外を見つめていた。街は静まり返っている。でも、きっとどこかで、同じように夢を追いかける人たちがいるはず。

そう思うと、この深夜の時間も、少し特別な気がしてくる。明日の早朝。また新しい可能性が見えてくる。その予感と共に、私はようやくベッドに向かった。

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