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『平日はOL、週末はビジネスオーナー』~25歳女子、副業からはじめる挑戦ストーリー~ プロローグ

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変わらない私

六本木の夜景が見えるカフェで、私は居心地の悪さを感じていた。

「へー、ミユキちゃんまだ広告代理店なんだ。がんばってるね」

向かいに座る佐伯先輩は、相変わらずさわやかな笑顔でそう言った。学生時代に付き合っていた元カレ。今はIT企業で活躍する敏腕マーケターだ。

「はい、まあ…コツコツと」

私、浅見ミユキ(25歳)は、無難な笑顔を浮かべる。少し首を傾げて、控えめに微笑む。3年間の社会人生活で完成させた、仕事用の「かわいい後輩キャラ」。誰からも好かれるけれど、深く立ち入られることのない、そんな絶妙な距離感のある笑顔だ。

画面には、今日の運用チェック用のスプレッドシートが開かれたまま。こっそり確認したくなる衝動を抑えながら、スマートフォンをバッグの中へしまう。小さな町工場のクライアントの広告運用数値が、今朝から気になっていた。

「僕? 去年からデジタルマーケティング部の責任者やってるよ。今度アメリカ行ってプレゼンすることになってさ」

先輩の話を聞きながら、私は自分の仕事を思い返していた。中堅の広告代理店で、ネット広告の運用オペレーター。確かな実績はある。でも、誰かが決めた方針通りに、誰かが決めたやり方で、粛々と数字を回している。

「すごいですねー!」

またいつもの相槌。心の中では、どうして私はこんな風に演じてばかりいるんだろう、という思いが渦巻いていた。画面の向こうには、毎月必死で広告費を捻出している町工場の社長の顔が浮かぶ。このままやり方を変えなければ、広告費が無駄になる。でも、代理店の方針は変えられない。

「あ、そうそう」

スマートフォンを取り出した佐伯先輩が、画面をスクロールしながら言う。

「来月、結婚するんだ」

「え!」

今度ばかりは、演技じゃない声が出た。

「おめでとうございます」

慌てて笑顔を作る。でも、どこか引きつっているような気がした。別れて2年。もう完全に忘れていたはずなのに、胸の奥が妙にモヤモヤする。

「同じ会社の人でさ。一緒にプロジェクト進めてるうちに」

嬉しそうに話す佐伯先輩。私が知っている頃から、好きなことを話す時の目の輝きは変わっていない。仕事でも、恋愛でも、全力で取り組む人だった。

私たちが別れたのは、就職先が決まった時だった。先輩は一流企業、私は中堅企業。このまま付き合い続けても、きっと同じような差が広がっていくんじゃないか。そんな不安が、結局、私から別れを切り出すことに繋がった。就職先が決まって間もない頃、送った短いLINE。それが私たちの最後の会話になった。

「幸せになってください」

「ありがとう。ミユキちゃんも素敵な人、見つかるといいね」

優しい言葉が、余計に心に刺さる。

カフェを出て、夜風に当たりながら電車を待っていると、スマートフォンが震えた。さっきまで気になっていた町工場の広告数値だ。CTRが急激に下がっている。このままでは予算を使い切ってしまう。

咄嗟にExcelを開き、データを確認する。こんな時間に仕事なんて、誰も求めていない。でも、放っておけない。画面に映る数字の向こうには、必死で商売を続けている人たちがいる。

ホームに電車が滑り込んでくる音も気にせず、私は画面に向かっていた。赤く点滅する警告サイン。このままでは町工場のクライアントの広告予算が来月を待たずに底をつく。数字を睨みながら、私は唇を噛んでいた。

「こうすれば効率は上がるはずなのに」

改善案は頭の中で明確だった。でも、それを提案するには部長に掛け合わなければならない。途端に重くなる心。

だって私は、愛想の良い後輩。場の空気を読んで、上手に立ち回る存在。新しいアイデアを強く主張するなんて、そんな役回りじゃない。会社でも、さっきの佐伯先輩との再会でも、私はずっとその役を演じ続けてきた。

その時、LINEの通知音が鳴った。佐伯先輩からだ。

「今日は急に誘ってごめん。でも、会えてよかった。ミユキちゃん、相変わらずみんなに好かれるタイプだよね。大学の時からそう思ってたんだけど、やっぱりその性格って強みだと思うな」

強み—————。

その言葉に、私は苦い笑みを浮かべた。そう、私の「強み」。新しいアイデアは控えめに。意見は穏やかに。空気を読んで、波風を立てない。

でも、今この瞬間、画面の中の数字と向き合う私は違った。月末までの予算、CTRの推移、コンバージョン単価。冷たいデータの向こうに、必死で商売を続ける町工場の社長の顔が見える。この数字を改善する方法を、私は知っている。

スマートフォンの画面に映る私は、どこか険しい表情をしていた。いつもの愛嬌のある笑顔はなく、真剣な目つきで数字を見つめている。

電車が高層ビルの間を縫うように走り出す。窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、私は考えていた。

このまま、変わらない私でいていいのだろうか。

演じ続けることに疲れた私は、その夜、思いがけない選択をすることになる。まだそのときは知る由もなかったけれど。

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