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第3章『プロジェクトの季節』〜6〜

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可能性が見えた朝

朝五時。いつもより早めに目覚ましをセットしていたのに、私は自然と目が覚めていた。

昨夜は航平さんと資料作りに没頭して、気づけば夜の十時を回っていた。でも、不思議と疲れは感じない。むしろ、これから始まる早朝ミーティングへの期待で、体が軽く感じられる。

「おはようございます」

五時半、いつものカフェに着くと、すでに航平さんが準備を始めていた。昨夜のやり取りがまるで夢のように思える。あれだけ遅くまで作業していたのに、彼の動きは的確で無駄がない。

「浅見さん、こちらの資料なんですが」

差し出された画面には、昨夜より更にブラッシュアップされた内容が映っている。

「まさか、あれ以降も作業を?」

「ええ、少し気になる部分があって」

航平さんが少し照れたように答える。その仕草に、また心臓が跳ねる。

「おはようございます!」

江口さんが颯爽と現れ、そして村井さんも姿を見せる。六時前には、榊原さんも合流した。

「じゃあ、始めましょうか」

航平さんがノートパソコンを開く。画面には、サンフランシスコの街並みをバックに、マリさんの姿が映し出された。

「みなさん、お早うございます」

マリさんの声が、静かな朝のカフェに響く。向こうはまだ昨日の午後二時。

「昨日お話しした件について、もう少し詳しく共有させてください」

画面が切り替わり、シリコンバレーの最新事例が映し出される。確かに私たちの構想と似ている部分もある。でも。

「やっぱり、これ」

江口さんが小声で私に囁く。

「私たちの方が、一歩先を行ってると思います」

私も頷く。データに基づいた分析手法、実際のクライアントとの関係構築、そして航平さんのシステム。すでに実践的なノウハウを持っている。

「実は」

村井さんが前に乗り出す。

「昨日少しお話しした経営相談会なんですが、すでにいくつかの成功事例が」

画面には次々と具体的な数字が並んでいく。経営課題の可視化から、実際の支援内容まで。その一つ一つに、確かな手応えが感じられた。

「これは面白いですね」

マリさんの声が、少し高揚する。

「シリコンバレーの事例より、むしろ実践的かもしれません」

「あの、ここでご提案が」

航平さんが、新しい画面を共有する。

「村井さんの経営相談会のデータと、私たちの持つマーケティングデータを組み合わせることで、より精度の高い分析が…」

説明する航平さんの声に、確かな手応えが混じる。昨夜、必死で作り込んだ資料が、今、生きている。

「それに、垣内さんの事例で実証済みの手法を、他業種にも展開できると思います」

江口さんが補足する。

議論は予想以上に白熱していった。マリさんからは、シリコンバレーの最新トレンド。村井さんからは、実務での具体的な課題。そして航平さんのシステムが、それらを繋ぐ架け橋になっていく。

「これは、確実に可能性があります」

マリさんの確信に満ちた声に、全員が静かに頷く。

「日本の深夜に、私がモニタリングを担当。そこで得られた知見を、朝一番で共有。それを実際のクライアントワークに活かしていく」

「まさに、24時間体制のグローバルチームですね」

村井さんの言葉に、私たちの目が輝く。

「具体的なスケジュールを組んでいきましょうか」

航平さんの提案で、画面にタイムラインが表示される。今週から始める小規模な実験。そして、一ヶ月後の本格展開へ向けて。

「このスピード感で大丈夫でしょうか」

思わず口をついて出た私の言葉に、航平さんが真剣な眼差しを向ける。

「浅見さんと江口さんが見つけた可能性。それを、できるだけ早く形にしたいんです」

その言葉に、胸が熱くなる。私たちの考えを、ここまで真剣に受け止めてくれている。

「ええ、私もそう思います」

マリさんが頷く。

「シリコンバレーの動きを見ていると、このタイミングを逃す手はないかもしれません」

「それに」

村井さんが続ける。

「経営相談会でも、実はこういったサービスへのニーズが高まっているんです。特に、中小企業の経営者の方々から」


時計を見ると、もう七時を回っていた。外は段々と明るくなり、街が目覚め始める音が聞こえてくる。

「では、具体的な準備を」

航平さんが画面を切り替えながら言う。その時、彼の横顔が朝日に照らされて、どこか輝いて見えた。

「浅見さん」

ミーティング終了後、航平さんが声をかけてくる。

「昨日は遅くまでありがとうございました。今日の資料、浅見さんのアイデアのおかげで」

「い、いえ」

慌てて否定しようとする私の言葉を、航平さんが遮る。

「これからも、一緒に」

その言葉に、また心臓が跳ねる。きっと、単なるビジネスの話として受け止めるべきなのに。

「もう航平ったら、せっかくの休日なんだから、今日はゆっくり休んだら? 昨日も遅くまで…」

榊原さんの声で、私たちは慌てて距離を取る。

「あ、そうですね」

答える私の声が、少し上ずっているような気がした。

「じゃあ、また明日」

それぞれが帰り支度を始める中、私は窓の外を見つめていた。いつもと変わらない朝の光景。でも、全てが新鮮に見える。それは、可能性への期待。そして、もう一つの、名付けられない感情。

カフェを出る時、航平さんが小さく会釈をした。その仕草に、また胸が締め付けられる。

(今は、仕事に集中しなきゃ)

そう言い聞かせながら、私は朝の街に足を踏み出した。新しい一週間の始まり。胸の高鳴りを抑えながら、私は確かな手応えを感じていた。

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