システムが繋ぐ可能性
打ち合わせ後のカフェは、休日の穏やかな空気に包まれていた。
「これで二件目の案件が確定ですね」
江口さんが、満足げな表情で資料を片付けながら言う。村井さんが帰った後、私たちはそのまま今後の打ち合わせを続けることにした。
「システム開発の方も、具体的に進められそうです」
航平さんがノートパソコンの画面を向け直す。先ほどの提案時には見せなかった、より詳細な設計図が表示されている。
「この画面では、各クライアントの業種別の反応パターンが自動的に分析されて…」
説明する航平さんの横顔を、私は少しだけ長く見つめてしまう。技術的な話をする時の彼は、どこか表情が生き生きとしていて。
「浅見さん?」
「あ、はい!」
慌てて視線を戻す。横で、榊原さんが意味ありげな微笑みを浮かべているような気がした。
「それで、マリさんの件なんですが」
航平さんが話を続ける。
「昨夜、サンフランシスコとビデオ通話で話してみたんです。私たちの中小企業向けの新しいアプローチに、とても興味を持ってくれました」
「え?」
思わず声が上ずる。確かにその話は出ていたけれど、まさかこんなに早く。
「マリさんが言うには、シリコンバレーでも最近、スタートアップ向けのマーケティング手法が大きく変わってきているって。私たちのアプローチと、かなり共通点があるみたいです」
「へえ、そうなんですか」
江口さんが目を輝かせる。
「しかも、日本の深夜がサンフランシスコの日中なので、モニタリングの時間帯としては理想的だって。向こうの最新トレンドも、リアルタイムで取り入れられそうです」
航平さんの説明に、私たちは思わず顔を見合わせた。これは予想以上の展開かもしれない。
「ただ、まずは簡単な実験から」
航平さんが慎重に付け加える。
「ITスタートアップの案件で、一週間ほど試験的に依頼してみようと思います。システムの自動化と合わせて」
その提案に、私は小さく頷いた。着実に、一歩一歩。それが今の私たちには必要だ。
「あ、そうだ」
榊原さんが思い出したように言う。
「航平が作ってるシステム、実は面白い機能があるのよ」
「え?」
「クライアントの業種特性だけじゃなくて、その会社が持つ独自の”強み”も分析できるんです」
航平さんが画面を切り替える。
「例えば、垣内さんの会社なら職人の技術力。村井さんなら経営支援のノウハウ。そういった定性的な要素も、ある程度数値化して」
「それができるんですか?」
私は思わず身を乗り出していた。
「まだ試作段階ですけど」
航平さんが少し照れたように答える。
「浅見さんたちが見つけた中小企業特有のパターン。あれを見て、これならできるんじゃないかって。マリさんも、シリコンバレーでの経験から、こういったアプローチに可能性を感じると」
その言葉に、妙な温かさを感じる。私たちのアイデアを、こんなにも真剣に受け止めてくれている。
「ねえ」
榊原さんが、突然立ち上がる。
「お昼も近いし、この辺で一度休憩にしない? せっかくの休日なんだし」
「あ、そうですね」
江口さんも頷く。
「近くにいいカフェがあるんですけど、みなさんいかがですか?」
江口さんが立ち上がりながら言う。
「あ、あの洋館のカフェですか?」
榊原さんが目を輝かせる。
「はい。私、よくあそこで仕事してるんです」
「いいわよね、あそこ。24時間やってるのに、落ち着いた雰囲気で」
「そうなんです。実は村井さんとも、あそこで知り合って…」
江口さんが少し照れたように言う。
「オーナーさんが起業家支援に興味があって、仕事する人をすごく温かく迎えてくれるんです」
「僕は大丈夫です。この後も作業を」
航平さんが言いかけたところで、
「だーめ」
榊原さんが厳しい姉らしい表情で遮る。
「あなたね、また徹夜してたでしょ。ちゃんとご飯食べて」
その姉弟のやり取りに、思わず笑みがこぼれる。普段はクールな航平さんが、姉の前では素直な弟になる。その意外な一面に、なぜか心が躍る。
「じゃあ、行きましょうか」
立ち上がりながら、私は小さな幸せを感じていた。休日の昼下がり。仕事の話をしながらも、どこか穏やかな時間。それは、会社員としての日常とも、起業に向けた緊張感とも違う、不思議な心地よさ。
カフェに向かって歩き出す四人の後ろで、春の陽射しが優しく差していた。