MENU

第3章『プロジェクトの季節』〜4〜

目次

システムが繋ぐ可能性

打ち合わせ後のカフェは、休日の穏やかな空気に包まれていた。

「これで二件目の案件が確定ですね」

江口さんが、満足げな表情で資料を片付けながら言う。村井さんが帰った後、私たちはそのまま今後の打ち合わせを続けることにした。

「システム開発の方も、具体的に進められそうです」

航平さんがノートパソコンの画面を向け直す。先ほどの提案時には見せなかった、より詳細な設計図が表示されている。

「この画面では、各クライアントの業種別の反応パターンが自動的に分析されて…」

説明する航平さんの横顔を、私は少しだけ長く見つめてしまう。技術的な話をする時の彼は、どこか表情が生き生きとしていて。

「浅見さん?」

「あ、はい!」

慌てて視線を戻す。横で、榊原さんが意味ありげな微笑みを浮かべているような気がした。

「それで、マリさんの件なんですが」

航平さんが話を続ける。

「昨夜、サンフランシスコとビデオ通話で話してみたんです。私たちの中小企業向けの新しいアプローチに、とても興味を持ってくれました」

「え?」

思わず声が上ずる。確かにその話は出ていたけれど、まさかこんなに早く。

「マリさんが言うには、シリコンバレーでも最近、スタートアップ向けのマーケティング手法が大きく変わってきているって。私たちのアプローチと、かなり共通点があるみたいです」

「へえ、そうなんですか」

江口さんが目を輝かせる。

「しかも、日本の深夜がサンフランシスコの日中なので、モニタリングの時間帯としては理想的だって。向こうの最新トレンドも、リアルタイムで取り入れられそうです」

航平さんの説明に、私たちは思わず顔を見合わせた。これは予想以上の展開かもしれない。

「ただ、まずは簡単な実験から」

航平さんが慎重に付け加える。

「ITスタートアップの案件で、一週間ほど試験的に依頼してみようと思います。システムの自動化と合わせて」

その提案に、私は小さく頷いた。着実に、一歩一歩。それが今の私たちには必要だ。

「あ、そうだ」

榊原さんが思い出したように言う。

「航平が作ってるシステム、実は面白い機能があるのよ」

「え?」

「クライアントの業種特性だけじゃなくて、その会社が持つ独自の”強み”も分析できるんです」

航平さんが画面を切り替える。

「例えば、垣内さんの会社なら職人の技術力。村井さんなら経営支援のノウハウ。そういった定性的な要素も、ある程度数値化して」

「それができるんですか?」

私は思わず身を乗り出していた。

「まだ試作段階ですけど」

航平さんが少し照れたように答える。

「浅見さんたちが見つけた中小企業特有のパターン。あれを見て、これならできるんじゃないかって。マリさんも、シリコンバレーでの経験から、こういったアプローチに可能性を感じると」

その言葉に、妙な温かさを感じる。私たちのアイデアを、こんなにも真剣に受け止めてくれている。

「ねえ」

榊原さんが、突然立ち上がる。

「お昼も近いし、この辺で一度休憩にしない? せっかくの休日なんだし」

「あ、そうですね」

江口さんも頷く。

「近くにいいカフェがあるんですけど、みなさんいかがですか?」

江口さんが立ち上がりながら言う。

「あ、あの洋館のカフェですか?」

榊原さんが目を輝かせる。

「はい。私、よくあそこで仕事してるんです」

「いいわよね、あそこ。24時間やってるのに、落ち着いた雰囲気で」

「そうなんです。実は村井さんとも、あそこで知り合って…」

江口さんが少し照れたように言う。

「オーナーさんが起業家支援に興味があって、仕事する人をすごく温かく迎えてくれるんです」

「僕は大丈夫です。この後も作業を」

航平さんが言いかけたところで、

「だーめ」

榊原さんが厳しい姉らしい表情で遮る。

「あなたね、また徹夜してたでしょ。ちゃんとご飯食べて」

その姉弟のやり取りに、思わず笑みがこぼれる。普段はクールな航平さんが、姉の前では素直な弟になる。その意外な一面に、なぜか心が躍る。

「じゃあ、行きましょうか」

立ち上がりながら、私は小さな幸せを感じていた。休日の昼下がり。仕事の話をしながらも、どこか穏やかな時間。それは、会社員としての日常とも、起業に向けた緊張感とも違う、不思議な心地よさ。

カフェに向かって歩き出す四人の後ろで、春の陽射しが優しく差していた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次